空飛ぶ雑草

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シンガポール版『イントゥ・ザ・ウッズ』を観た

はじめに

 シンガポールのSingtel Waterfront Theatreで、『イントゥ・ザ・ウッズ』を観てきた。これはワールドツアーとかではなく、完全にシンガポールのプロダクション。版権買ってローカルが演出してローカルが出演してる。もう上演期間終わっちゃったけどよかったので、今後も頑張ってほしいと思うプロダクションだった。(寄付募ってたので経済的には苦しいみたいだけど。)

pangdemonium.com

 そもそも観たいと思ったきっかけをいうと、

  1. Netflix『チック、チック…ブーン!』を見てソンドハイム作品に興味を持った。(ジョナサン・ラーソンの方じゃないんか、というツッコミはさておき)
  2. ミュージカル紹介系動画でこの作品の曲が「とにかく難しい」「言葉が多いし音程のアップダウンが激しい」「絶対オーディションで歌うな、自殺行為だぞ」としょっちゅう取り上げられてたので気になっていた。
  3. 日本版は悪い意味でヤバイとTwitterですさまじく批判されていたので、いつか英語で観たいと思っていた。
  4. ちなみにディズニー版は「あくまでディズニーの息がかかってるのでこれは違う」というオタクの声を聞いていた。
  5. YouTubeで初演版を見て、これはぜひ一生に一度生で観なければと思っていた。でも米国内ぐらいしか公演が見つからなかったのでほぼ諦めていた。

    Into The Woods - YouTube

  6. そんな中、ウエストエンドで観た『レミゼ』のエポニーヌ役がシンガポール人であり、まもなく契約終了で帰国し、今作にシンデレラ役で出演することをインスタで宣伝していた。

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特に(6)は、「アジア人がウエストエンド最前線で活躍している!それも納得の技術力!」と打ち震えて印象に残った役者さんだったので、こりゃもう行くしかないなと運命を感じ、即チケット購入したという流れ。

 あと、今回の会場がマリーナベイサンズ(MBS)じゃなかったことも観劇を決めた理由として大きい。これまでベイサンズシアターで『アナ雪』と『サウンドオブミュージック』を観て、観客の民度の低さに辟易したのでもう二度と行かないと心に決めていた。(MBSの客は金はあるのにマナーや良識がない。観劇中に不快な思いをするぐらいなら、貯金して大枚はたいてWEやBW、なんなら日本で観る方が何百倍も精神衛生上いい!)MBSが唯一の劇場だと思って「この国に舞台芸術は無いんか!」と絶望していた矢先の発見だったので嬉しかった。実際、来ていた客層はミーハーな人より演劇好きそうな人が多くて安心した。途中で一瞬スマホ鳴らしたボケもおったけど。。。

演出

 YouTubeをヘビロテしてたオタクなので、どこまで初演版に寄せてくるか気になってたけど、概ねそのまま持ってきつつ新しいことに挑戦していた。

 新しいことというのは、例えばプロローグの魔女パートが一部ラップぽくなっていたり、ラプンツェルと魔女のくだりが少し増えていたり、白雪姫と眠り姫を登場させていたりといったところ。ラップは正直うーんと思ったけど、時代に沿った方がウケるという意図も分かるしなぁ。白雪姫と眠り姫はセリフなしだったけど、学生さんが実際に板踏めるのはデカいので素敵な考えだと思った。若手ぜひ育成してくれ。

 それと、牛を人間にしたのは大きな変更点!顔芸で笑わせてくるのがすごい。前述のラップしかり、主題がかなりダークなだけに演出をコメディテイストに振り切っているのが今回のプロダクションだけど、牛はその中でも一番の道化。「喜劇を見に来たわけじゃねぇ!しっかりやれ!」とギリギリならないライン、主題を壊すことないレベルでしっかり笑いを盛り込んでくるのは新しくておもしろかった。これぐらい軽い方がやはり大衆ウケはいいと思う。

 あと個人的にいいなと思ったのは、垂れ幕で場面分けしていたところ。プロローグの場面で、初演版は物理的にフレームを作ってシンデレラ一家・パン屋・ジャック一家を区切っている。そこを今回はフレームなしで、両家を左右一番前、パン屋を舞台真ん中後方に配置して、各人の背景絵を背後に垂らすことで、簡素だけどしっかり場面分けできていて面白い発想だと思った。

 階段ではなく、スロープを採用しているところもユニークだった。初演版の舞台は二段に分かれている(若干の段差がある)けれど、今回は段差が大きいけど横幅の狭い足場を後ろに作って、その行き来を石段とスロープでできるようにしていた。石段を上り下りすればえっちらおっちら森を探索している雰囲気が出るし、スロープから滑り降りてくれば焦った演出を安全にやれる。顕著なのがシンデレラのずっこけシーンで、初演版はかなり派手に転んでるけど(あれはあれで体張っててすごい)、今回のズサーッと滑ってくるシンデレラもこれはこれでかわいい。

 それに何より、全体をT字に組めるのは二階席のない小劇場ならではだな~と感動した。大きな舞台だとキャストの安全的に無理だろうし。バタバタ走ってくる音も含めてしっかりと演出に組み込まれていた。ジャックや牛がドタバタ走るのは耳にも目にも楽しかった。

キャスト

 元エポニーヌことシンデレラはさすがの歌唱力だった!小声の高音も外すことなくピタッと出してくれるし、ソロは会場を包み込む声量!はにかんだ時の笑みがプリンセスらしくてかわいい!ただ、今作のシンデレラってどっちかというと頭空っぽで「善き人でいればいつか報われる」と信じて思考を放棄した他力本願女なので、あなただとどうしても賢さがにじみでてますね……と感じた。エポニーヌの印象が強すぎたのかな。でも意志強いキャラの方が似合うと思うな~。とにかく役者としては好きなので、今後も応援していきたい!

 シンデレラの王子は彼女に合わせたのか、そこそこできる人でよかった。高慢さが腹立つぐらい似合ってた。狼はちょっと圧が足らんかな~、これならそもそも婆さん負けなさそうと思ったけど。

 魔女は初演のバーナデット・ピーターズ御大をかなりリスペクトしてることが分かった。残念ながら彼女には及ばない(比べたらアカン)けど、重要なポイントでは面影をみることができて、きちんと愛をもって取り組んでくれていることが分かってよかった。

 パン屋夫婦めっちゃよかったな~!妻は歌がちょっとか細めで説得力なかったけど演技がよかった。喜怒哀楽の移り変わりが激しいキャラだけどクオリティが安定してた。というか、ベイカーが良すぎて!シンデレラとこの人だけで評価点跳ね上がってしまう。歌上手いし演技上手いし、特に親父と最後の会話で本気で泣いてるのがグッと来た。頼りなかったところから苦難を乗り越えて成長していくベイカーがしっかりとそこにいた。それを見守る親父、というか狂言回しは、その存在だけで舞台全体がしっかり引き締まってたからすごい。さすがプロダクションの責任者やわ。

 赤ずきんもいい役者やった!私は初演版よりこの人の方が好きかも。キンキンしやすい声質が選ばれるキャラやけど、きちんと歌いながら演じてて、自分は大人だと思ってるけどまだまだ子供な性質がよく表れていた。ジャックも同じ立ち位置やけど、こっちはちょっと声質的に歌がしんどそうだったな。。。おバカな演技はめちゃ似合ってた。

 一番残念だったのがラプンツェルの王子。パンフレット曰く「昼はエンジニア、夜は役者」らしいが、両立できてなくない?と首をかしげてしまった。声量がシンデレラの王子に完全に負けてる。二人でしっかりハモってこその『アゴニー』なんだが……。役者一本で食っていけるようになれるといいね。

 あとシンデレラの母もちょっと不満が残った。あれはぜひ原曲キーで歌ってほしかったな。高音が出てこその木の精、精霊っぽさの表れだと思うの。婆さんと巨人の演技はよかったよ。

おわりに

 9月にウエストエンド、10月に大阪で『アナスタシア』を観た後だったので期待しすぎないようにしていたけど、下げていた期待値よりは上の体験ができたのでよかったなというのが結論。いろいろ書いたけど、非難轟々だった日本版よりは絶対にいい出来だからね!絶叫シンデレラに耳が痛くなる赤ずきんとかいなかったし。(観てないけどほんまどういうことやねんな。)

 なによりやっと国内でまともな観劇体験できたことが本当に嬉しい。この国にも舞台オタクはおったんや……!まだまだ若いプロダクションなので、今後もぜひ応援したい。来年は『ディア・エヴァン・ハンセン』やるらしいので絶対観るぞ。